大根役者ではありません。漬物役者です。
わすれゆきキャスト紹介4やべあい「台与」役
わすれゆき、四人目のキャスト紹介は、やべあいさん(台与役)
これまた初共演、はじめましてのやべちゃんです。
前回紹介したゆうこちゃんは僕に近いタイプの役者だと感じましたが、
やべちゃんはある意味、僕とは正反対のタイプの役者さんだなと、読み合わせをしたときに感じました。
もちろん、役者にはそれぞれ役作りの仕方があります。
このやり方が正しい、このやり方が間違っている、なんてものはありません。
だから、自分とタイプが違うからといって、この子を否定するつもりはまったくありません。
……そういえば、「否定するつもりはありませんけど」って前置きする人っていますよね。
あれ、ちょっとずるくないですか(笑)。
だいたい、そのあと全否定が始まるじゃないですか。
「今からあなたを否定しますけど、そんな僕を否定しないでくだちゃいな」っていう保険をかけてるようにしか思えないんです実際問題。
・・あ、脱線した。
話を戻します。
これは本当にやべちゃんを否定しているわけではありません。
単純に、自分とは役者としてのタイプが違うなっていう話です。
これはあくまで僕から見た印象なんですけど、やべちゃんって、役をじっくり発酵させるタイプの役者なんでしょうな。
自分の中に役のイメージはある。
こう演じたいっていうものもある。
でも、それが自分の中でちゃんと発酵されるまでは、なかなか表に出てこない。
本人は表現しているつもりでも、まだ身体の中で役が漬かりきっていないから、お客さんにも、相手役にも、思うように伝わらなかったりする。
だから稽古の最初の頃って、きっと苦しいんですよ。
もちろん、他の役者さんだって苦労はしています。
でもやべちゃんの場合は、「まだ出てこない」という苦しさが大きいタイプなんじゃないかなって思うんです。
やべちゃんの役作りは、漬物みたいだなと思いました。
最初は、自分というぬか床の中へ役を漬け込んでいる状態なんです。
そこへ演出家の言葉だったり、共演者との芝居だったり、いろんなものが発酵菌みたいにどんどん入ってくる。
すると、最初に自分が思い描いていた味とは違う味になっていく。
でも、その違う味のほうが、おいしかったりするんですよね。
漬物って5分10分ぬか床に漬けただけじゃ、漬物にならないじゃないですか。
ただ野菜をぬか床に入れただけです。
ちゃんと時間をかけて漬け込むから、味がしっかり染み込んで、おいしい漬物になる。
おでんだってそうですよね。
鍋に入れて温めただけじゃ、おでんじゃない。
出汁がちゃんと大根の芯まで染み込んで、「ああ、おでんだなあ。」ってなるじゃないですか。
彼女の役作りもそれと同じ。
時間をかけて浸透させていく。
僕はかなりせっかちな人間なので、もし自分がこのタイプだったら、役者を続けられなかったかもしれません。
それくらい忍耐力が必要な役者さんなんじゃないかなって思うんです。
もちろん、違うかもしれませんよ。
これは僕から見た印象です。
そんなやべちゃんなんですが、実は僕、最近まで顔をちゃんと認識できていませんでした。
稽古は四月から始まっていたんですけど、「あ、これはやべちゃんか!」ってちゃんと分かったのは五月くらい。
もともと僕、人の顔を覚えるのが本当に苦手なんです。
軽い失顔症があるんじゃないかと思うくらい。
写真だけじゃ顔覚えられません。
動きや癖などのパターンと一緒じゃないと顔認証できないんです。
昔、保険の営業をしていた頃なんか、名刺交換をした十秒後に、同じ人へもう一回「名刺交換お願いします。」って言ったことがあります。
「さっきしましたよ。」って呆れられました。
それくらい苦手なんですよね。
やべちゃんは介護福祉士という仕事柄なのか、稽古場でもマスクをしていることが多かったんですよね。
だから僕の中では、「やべちゃんはこんな顔なんだろうな。」って、脳が勝手に補完していたんです。
これ、コロナの頃に経験した人も多いんじゃないですか。
マスクを外したら、「えっ、そんな顔だったの?思てたんとちがーう!」って。
口元って、それくらい顔の印象を決めてるんですよね。
これ、実はゴジラも同じなんですよ。
昔のゴジラって、着ぐるみだったじゃないですか。
だから中に人が入っていて、どうしても人間っぽい動きになるんですよね。
でも、子どもの頃に見ていた僕らは、そんなこと気にしていません。
頭の中で勝手に「怪獣の動き」に補完して見ているんです。
だから今のCGのゴジラみたいに、本当に怪獣らしい動きをしていても、「こんなのゴジラじゃない。」って思う人がいる。
本当はCGのほうがリアルなんですよ。
でも、自分の頭の中で作り上げたゴジラのイメージのほうが強いんです。
人間の脳って、面白いですよね。
……今、何の話でしたっけ(笑)。
そうそう。
やべちゃんの顔認識でした。
五月になって、稽古場へ行ったら、知らない人がいたんです。
「あ、今日は見学の人が来てるんだな。」
くらいに思って、ちょっとよそよそしく挨拶したんですよ。
そしたら、その人が台本を持ち始めたんです。
「へー、代役までやってくれるんだ。ありがたいなあ。」
って思っていたら、演出がその人に細かくダメ出しをし始めたんですよ。
「そこはもう少し前へ。」
「その言葉はもっと届けて。」
「その感情じゃない。」
いやいやいや(笑)。
見学に来てくれた人に、そこまで演出付けなくてもいいじゃないか。
代役なんだから、今日休んでいる本役の役者が来たときに言えばいいのに。
今来ている役者のシーンやればいいのに。
わざわざ見学者を代役させてまでやる必要ある?
なんて効率の悪い演出なんだろう。
本気でそう思っていました。
でも、その人は嫌な顔一つせずに、何度も何度も芝居をやるんです。
「すごい人だなあ。」
「真面目な人だなあ。」
なんて感心していたら、みんなの会話がどうもおかしい。
「やべちゃんさ……。」
「台与はさ……。」
……あれ?
もしかして。
もしかして、この人。
やべちゃん本人?
あ、だから稽古してたんだ・・。
マスク姿しか知らなかったから、自分の中で勝手にやべちゃんの顔を作り上げていたんですよ。
だからマスクを外したやべちゃんと、自分の中のやべちゃんがまったく一致しなかったんです。
「思てたやべとちがーう!!」
今ではもちろん、ちゃんと認識できています。
3分の2の確率でやべちゃんだとわかります。
・・なんの話でしたっけ?(笑)
そうそう、僕がやべちゃんの顔を認識できるようになったくらいですかね、やべちゃんの芝居が、ぐっと変わってきたなと感じ始めたのは。
稽古の最初は、まだ表に出てこなかったものが、少しずつにじみ出てくるようになった。
「お、漬かってきたな」
そう思えるシーンが増えてきました。
今回演じる役は、「台与」。読み方は「とよ」
役名の由来は、邪馬台国の女王卑弥呼のあとを継いだとされる女王の名前です。
でも邪馬台国は別に芝居とは関係ないです。
この役がまた難しいんですよ。
何かを隠している。
でも、「私は何も隠していません。」という顔をしている。
だけど、お客さんには「この人、何か抱えてるな。」って伝わらないといけない。
表に出す感情と、心の中にある感情がまったく違う役。
だからこそ、内面をじっくり育てていくやべちゃんの役作りが、この役にはすごく合っているんじゃないかなって思っています。
この前の通し稽古で、それをすごく感じました。
僕と向かい合って芝居をする場面があります。
僕がセリフを言う。
それを受けて、一瞬だけ間がある。
そして台与が言葉を返す。
そのほんの一瞬の目の表情なんです。
目の奥で感情が動いてるのがわかる。
「あ、この人、今こういうことを考えたな。」
「今、この言葉を飲み込んだな。」
そんなものが見えてくる。
もちろん客席から、その目の動きまでは見えません。
水鉢の奥底にいるメダカの動きは、よく覗いて観ないとわからないのと同じ。
相対している僕にしかわかりません。
その目の表情を受け取った僕が次の台詞で返すことで、台与の心情を観客に伝えることになるのです。
その漬物の味を!!
本番まであと少し。
まだまだこの漬物は漬かります。
本番でこのシーンの台与が、どんな漬かり具合の目を繰り出してくるか、僕自身もすごく楽しみです。




