なーんかいいんだよなーこの役者・・を言葉にしてみた。
わすれゆきキャスト紹介7西山太一:蘇我役
西山太一という名前を知ったのは、確かこれだったような気がします。
2014年に、僕が脚色・演出をした近松門左衛門の『女殺油地獄』という芝居を上演したんです。
当時、たいちゃんが所属していた劇団の劇団員がこの芝居に出演してくれていたので、その縁で観に来てくれていたんでしょうね。
アンケートに、すごくいい感じの感想を書いてくれてたんですよ。
内容までは覚えてないけど、
「なんかすごく素直で率直な感想を書いてくれとるー」
アンケートには、西山太一という名前が書かれていました。
それが初。
もしかしたら記憶違いかもしれません。
もしこの芝居を観に来てなかったら申し訳ないです。
人違いかもしれないけど、確かそうだったような気がするんですよ。
その後、たいちゃんが当時所属していた劇団の芝居を観に行った時。
派手さもない。
華もない。
取り立てて飛び抜けて上手いというわけでもない。
外連味もない。
でも、
「なーんか、この役者いいよなー」
そんな印象を持った役者がいたんです。
ただただ、
「なーんかいいなー、この役者さん」
パンフの配役を見ると、その役者の名は、
西山太一。
「あ、あの時の!なーんかいい感想書いてくれたのが、このなーんかいい感じのこの役者あか!!」
観劇後、ロビーで観客のお見送りをしている、このなんかいい役者に話しかけて、
「先日は、女殺油地獄を観に来てくださってありがとうございます」
とお礼を申し上げた。
それが、たいちゃんとのファーストコンタクト。
・・だった気がする!
記憶違い勘違い人違いだったらごめんなさい。
違ってたらここまでのキャスト紹介台無しになるので、たいちゃんに確認せずこのまま書き進めます。
それ以来、たいちゃんとはちょこちょこ共演する機会がありました。
しかも結構、絡みが多い。
去年も、たいちゃんが所属する劇団、ウンガッツの旗揚げ公演に客演として呼ばれ共演しました。
いろんな舞台を一緒に作ってきたんですが、そのたびに思うことがあります。
「なんで、たいちゃんって役者をやってるんだろう。」
役者って、やっぱり承認欲求とか自己顕示欲って強いと思うんですよ。
「どうだ、俺すごいだろ。」
「私のこと、見ーて見て見て見て見て見て!」
そういう気持ちは、多かれ少なかれ誰でもあると思います。
でもね。
たいちゃんの芝居への取り組み方とか、舞台を観ていて受ける印象って、そういうものを全く感じないんですよ。
だから、嫌味がない。
だから、
「なんでやってるんだろう。」
って不思議になるんです。
純粋に、芝居が好きなだけ、なんでしょうね。
観るのも好き。
演じるのも好き。
だからやっている。
それだけなんだと思います。
自慢することもない。
演劇論を語ることもない。
人とぶつかることもない。
いい物見たら「すげーいーです」と、なんかいい感じに正直に感想を言う。
人と比べない。
嫉妬しない。
純粋に自分が楽しめたものに敬意を示す。
それでいて好きなものは本当に好きなんだなっていうのが、なんかいい感じに滲み出ている。
たいちゃんは映画が好きだし、
多分、戦車とかサバイバルとかミリタリーものとか、プラモデルとかも好きなんじゃないかな。
男の子が好きそうなものって、たいちゃん大体好きなんじゃないかなって思うんですよ。
小学生でいますよね。
信号機がやたら好きな子。
プラレールがやたら好きな子。
電車がやたら好きな子。
恐竜がやたら好きな子。
周りからすると、
「なんでそんなに好きなん?」
って思うくらい夢中になってる。
でも本人は、自分が好きなことに何の疑問も持ってない。
周りからどう思われても気にしない。
だからね。
誰かに見せびらかすためでも、自慢するためでもなく、
「好きだからやっている。」
その姿って、美しいんですよ。
だから僕は、たいちゃんの芝居を観ると、
「いいなぁ。」
って思うんでしょうね。
黙々と自分の好きなことをやっている。
好きなことに夢中になっている小学五年生の男の子。
そんな空気を感じるんですよ。
あとね、たいちゃんのセリフ回しって不思議なんです。
声なのか。
言い方なのか。
間なのか。
相手に向かって話している時も、一人で語っている時もそうなんですけど、そのセリフがちょっと詩的に聞こえるんですよね。
何なんだろう。
レトロな雰囲気を感じさせるというか。
現代劇でも時代劇でもファンタジーでも。
どこかレトロ感がある。
郷愁というか。
懐かしさとか。
ノスタルジーというか。
昭和のブラウン管越しに観る映画やテレビドラマって、なんか懐かしい感じがしますよね。
たいちゃんの声って、そんな感じなんです。
本当に言葉にしづらいんですけど。
たいちゃんがセリフを言うと、そのシーンが一枚の絵で浮かぶんですな。
芝居を観ているというより、美術館でそのシーンが描かれた絵画を観ているような感覚。
そういうものを、たいちゃんの人柄や声やセリフ回しが感じさせてくれるんでしょうね。
もちろんこれは僕の体感なので、何を言ってるかわからないかもしれません。
でも、僕にはそう感じるんです。
それと、たいちゃんの芝居って本当に音楽と合うんですよ。
去年一緒に出た舞台でも、ラストシーンで音楽がだんだん盛り上がっていく中、たいちゃんがセリフを言うんです。
音楽。
演劇。
たいちゃんのセリフ。
そして僕の頭の中に浮かぶ絵画。
それが全部混ざり合って、
「ああ、演劇って総合芸術なんだ。」
って感じるんですよね。
本当に不思議な役者なんです。
こういう話をすると、素朴とか誠実とか、聖人君子みたいなストイックな人に思われるかもしれません。
でも全然そんなことないです。
けっこう俗物的な人間です(笑)。
きっと家ではゴロゴロしながら映画を観たり。
スマホで動画を見続けて、
「あー、今日も無駄な時間過ごした。」
なんて思ったりしてるはずなんですよ。
そういう、人間らしいダメなところも普通にある。
でも、それを隠してる感じがしないんですよね。
だから嫌味がない。
好きだから好き。
楽しいから楽しい。
そういうシンプルさが滲み出てるんでしょうね。
さて、そんなたいちゃんが演じる役は、蘇我。
前回の僕のキャスト紹介で、僕の役は物部だと紹介しました。
そして、たいちゃんは蘇我。
日本史でも有名ですよね。
蘇我といえば蘇我馬子や蘇我入鹿。
物部氏が日本の神々を守り、蘇我氏が仏教を取り入れたことで対立しました。
だから当然、この物語の中でも対立します。
対立しているけど、お互いを信用していないのに、どこかで少しは信頼している。
そんな関係性。
掛け合いのシーンも結構あって、それがすごく楽しい。
たいちゃんも、
「バッチョさんと対峙してセリフを言い合うところが楽しいですね。」
って言ってくれるんです。
それが僕も嬉しい。
よく見せようとか、勝とうとか、そういうものがないから。
ちゃんとこっちの芝居を受け止めてくれる。
蘇我という役は、結構欲まみれの俗物。
欲を隠さない。
欲まみれで、いろいろ企む。
でも、どこかダメダメ感が漂っている。
そのダメダメ感を、西山太一が演じるから面白いんですよね。
人間ってそうだよね・・。
だから、なーんかいいんだよね。
以上、西山太一という、なーんかいい役者を、なんとかかんとか僕なりに言語化してみました。
なーんかいいを言葉にするのはむずい!!
ああ、そうそう、たいちゃん。
この役はやたら何かを蹴飛ばす癖がある(笑)。
本番、怪我だけはしないように頑張っていきましょう。




