香り引き立つゴールドブレンドバイオリン女優
わすれゆきキャスト紹介5坪内咲会子:壱与役
『わすれゆき』キャスト紹介、5人目。
坪内咲会子:壱与役
不思議なんですけど、さえちゃんと初めて共演した舞台のことって、全く覚えてないんですよ。
でも気づけば普通に仲良くなってる。
そして今回の『わすれゆき』でも、普通になんか仲良くしゃべってる機会が多いんですよね。
何か面白いことを思いついたら、まずさえちゃんにそのネタを話して、ウケが良かったら、
「よしよし、これ面白いんだな。」
って確認して、それから他の人にも言ってみよう。
そんなルーティンができているんです。
さえちゃんって、決して表立って目立つタイプではないのに、いてくれるとすごくありがたい存在なんですよね。
やっぱり、さえちゃんと初めて会った時ってよくわかんないんですよ。
最初からこの関係性が完成しているような感じなんです。
例えると、バイオリンですね。
楽器っていろんな種類がありますけど、最初から今ある形だったわけじゃないんですよ。
何かしら原型があって、そこから試行錯誤や工夫があって、今の形になっていく。
でもバイオリンに限っては、ある日突然、とある画家の絵の中に登場してきたらしいんですね。
それがバイオリンの最初の資料らしいんですが、その時点で、今あるバイオリンと全く変わらない形なんですよ。
つまり進化してない。
というより、最初から完成形なんです。
さえちゃんのキャスト紹介を書こうとした時に、ふっと思い浮かんだのがバイオリンなんですよね。
人間関係って、最初はぎこちなくて、そこから相手を知って仲良くなっていく。
そういう経過があるじゃないですか。
でも、さえちゃんに関しては、最初から普通に話せる感じだった。
そのぎこちなさの記憶がないんですよ。
だからこの記事を書くにあたって、
「初めて共演したのって、いつだったんだろう。」
って思ったんです。
僕の記憶では、2018年のピロシキマン公演『ライムライトを浴びて』だったんですけど、その時点でも普通に仲良く話してたんですよね。
だから、それじゃ初めましてじゃない。
それはまずいと思って、申し訳ないけど、さえちゃん本人にLINEで聞いてみたんです。
そしたら、さえちゃん自身も、
「いつ知り合ったかわからない。」
って。
よくよく調べてみたら、10年前、僕が出演したシェイクスピアの『お気に召すまま』に、さえちゃんも出演していたんですね。
さえちゃんは途中参加だったし、僕もそこまで大きい役ではなかったので、絡む機会も少なくて、お互い記憶に残ってなかったということなんでしょうね。
とにもかくにも、さえちゃんに関しては、バイオリンのように、この関係性が最初から完成されている感じなんです。
あれから10年経ってますけど、全く体型も変わっていない。
むしろ年を重ねるごとに、女性としての魅力も、女優としての魅力も増している。
これって本当にバイオリンと一緒なんですよね。
バイオリンって、弾き込めば弾き込むほど、年数が経てば経つほど、音色に深みが出てくる。
しかも、バイオリンの音色って女性の声を表現しているとも言われますよね。
そして僕は、さえちゃんのすごいところって、長年役者をやっているにもかかわらず、役者として芝居を見ないところだと思うんですよ。
一人の観客として見ている。
そこなんです。
ずっと役者をやっていると、どうしてもフィルターがかかるんですよね。
役者目線になってしまう。
評価したり、分析したり。
それって避けられないことなんですけど、さえちゃんは、その避けられないものを避けてるんですよ。
というより、最初から一人の観客として見られる自分を保っている。
そこがすごいんです。
まさにバイオリンなんですよ。
何年経っても、そこは変わらない。
だからさっき言ったように、
「これ面白いかな。」
「これウケるかな。」
って思った時は、まずさえちゃんに話す。
それで反応を見てから全体に発信する。
芝居でもそうなんです。
実は、そういうことをやってるんですよね。
さえちゃんは観客としての気持ちで見てくれるから、同じ座組にいると役者として本当にありがたい存在なんです。
稽古場でウケたからといって、本番でもお客さんにウケるとは限らない。
ずっと稽古を重ねていくと、それが普通になって、身内だけで盛り上がってしまうことってあるんですよ。
どうしても陥ってしまう。
そんな時に、僕は芝居をしながら、ちょくちょくさえちゃんの反応を見てるんです。
「あ、このシーンって観客はこういうふうに受け止めるんだな。」
って。
さえちゃんの表情を見ながら、自分の芝居を判断しているところがあるんですよ。
だからね。
さえちゃんの芝居の仕方も、決してめちゃくちゃ目立つタイプではないんです。
バイオリンも、ソロで弾く時もあれば、オーケストラの一員として全体を支える役割もありますよね。
さえちゃんって、まさにそうなんです。
自分が目立つための芝居をあまりしない。
今この場面で、一番誰を目立たせるべきか。
一番誰を主役にするべきか。
計算しているわけではないと思うんですけど、無意識にそういうことをやってくれてるんでしょうね。
目立たない役者とか、ぱっとしない役者とは全然違います。
その場にいる役者に花を持たせる役者なんです。
言ってみれば、主役を引き立たせる役者。
これってめちゃくちゃすごいことだと思うんですよ。
よくね。
下手くそな役者ほど、
「主役を引き立たせる芝居を頑張ります。」
なんて言うことがありますけど、自分すら引き立たせられない役者が、主役を引き立たせるなんて、おこがましいにもほどがあると思うんですよ。
でも、さえちゃんの場合は違う。
そのシーンを成立させる存在になっていて、ちゃんと相手役者を引き立てている。
これはなかなかできることじゃないんです。
やっぱり普段から観客としての気持ちで稽古に臨んでいるからなのかな、と僕は思っています。
もちろん僕の解釈なので、本当のところはわかりません。
でも少なくとも、僕にはそう見えているんです。
自分が目立とうとはしない。
だけど、さえちゃんがいることで、一番目立つべき役者がちゃんと際立つ。
そういう存在なんですよね。
これは本当にすごいことです。
そんなさえちゃんの役どころなんですが、役名は壱与(いよ)。
前回紹介しました、やべちゃん演じる台与(とよ)の妹です。
まあ、ここはネタバレになっても問題ないかなと思うので言いますけど、双子です。
壱与という名前は、邪馬台国の女王・卑弥呼の後継者と言われる台与(壱与)から来ています。
台与(とよ)と壱与(いよ)は、同一人物の別名とも言われています。
あえて「多分」と言っておきます。
違ったら叩かれそうなので(笑)。
僕が調べた限りではそうなんです。
だから豊と壱与。
同一人物の名前を使っているので、そこからも察していただけると思いますけど、双子なんですね。
性格は全然違います。
そこは観ていただければわかると思います。
脚本的には、台与のほうが物語を引っ張る役なんですよね。
その存在をしっかり際立たせているのが壱与なんです。
だから、それをさえちゃんが演じる。
この配役は、やっぱり絶妙だなと思います。
ここまで書いていて思い出したんですが、8年前の『ライムライトを浴びて』で小屋入りした時。
僕がちょっと早く劇場に着いて、玄関の前で座って待っていたら、さえちゃんが来たんですよ。
その時に、
「どうやったら芝居って上手くなるんですかね。」
みたいな質問を僕にしてきたんですね。
それからもう8年。
当然、上手くなっています。
でも、それ以上に、
「こんなに相手役者を引き立たせる役者になったのか。」
ということのほうが、僕には印象的なんです。
本人は、自分が上手くなったという自覚はないのかもしれません。
でも、相手を引き立たせる役者。
それって本当にすごいことです!




