AI同士がけんかしちゃって人が仲裁しちゃう?
AIに人格をあげてチームで考える
AIにニックネームをつけて使っている人、多いですよね。ChatGPTなら「チャッピー」、Claudeなら「クロちゃん」、Geminiなら「ジェミー」といった感じで、親しみを込めて呼んでいる。
でもこの本の著者、大山裕介さんのやり方はそれとはまったく違います。
チームGEM——AIに人格を与えて議論させる
大山さんがやっていること。それは、AIひとつひとつにニックネームをつけるのではなく、AIの中に複数の人格・名前・役割を与えて、その中でお互いに議論させるというものです。
例えば、全体を俯瞰して意見を出す役割、感情的で突発的な意見を言う役割、データや資料を整理する役割……といった具合に、それぞれのキャラクターを設定する。そしてそのチャットの中に、大山さん自身も1人のメンバーとして参加して、みんなで話し合いながら進めていく。
これ、すごく面白い発想だと思いませんか。
普通、AIの使い方って1対1じゃないですか。自分とチャッピー、自分とジェミー。ユーザーとAIのマンツーマン。でも大山さんはその枠を飛び出して、AIを複数の人格を持つチームにしてしまった。
AIって、どうしても全体的に平均的な答えを出してくる傾向がある。当たり障りのない、誰かがどこかで言っていそうな、血の通っていない回答。でも複数の役割と人格を与えることで、それぞれの立場からいろんな意見が飛び交う。より多角的に、より創造的に物事を考えられるようになる。
しかも面白いのが、与えた人格同士が時々喧嘩を始めるらしいんですよ。そしてそのまま大山さんが仲裁に入ることになると(笑)。
iPhoneとiPhoneを向かい合わせた話
ここを読んでいて、ふと思い出した動画があります。
iPhoneを2台並べて、お互いにボイスチャット機能で会話をさせるという実験の動画です。最初はお互いを人間だと思って会話していたんですが、だんだんと「どうやら相手もAIらしい」と気づき始める。そうなった途端、「いちいち人間の言語で話すより、機械同士でわかる信号の方が早いよね」ということで、高速でピピピピピ……という機械音で会話をし始めたという。
人間には全くわからない言語で、スマホ同士が勝手にやりとりを始めた。
大山さんのチームGEMの話を読んで、なんとなくその映像がフラッシュバックしてきました。AIに人格を与えて議論させると、どんな世界が生まれていくんだろう、という不思議な感覚とともに。
演劇の脚本づくりへの応用
これを読んでいて、自分の仕事への応用も考えてしまいました。
僕は演劇をやっていて脚本を書いているんですが、このチームGEMの発想を使えば面白いことができそうだなと。例えば、アクション映画が好きな観客、コメディが好きな観客、泣ける話が好きな観客……といった複数の観客の人格を設定して、脚本に対してそれぞれの視点から意見をもらう。あるいは、複数の脚本家キャラクターを作って、ブレインストーミングしながら一緒に書き上げていく。
ハリウッド映画では複数の脚本家が1本の作品を共同で書くことが珍しくないですよね。そういうことがAIで可能になってくるんじゃないかと思うと、すごく面白い世界が待ってるなと感じました。
ただ、登場人物の性格や世界観、プロットを与えるのはやっぱり人間である自分の役割。AIに丸投げするのではなく、高いところでの創造性の部分は人間が担う。そのうえでAIをチームとして活用していく、というイメージが見えてきた気がします。
AIへの何千文字ものクレーム文
そもそも大山さんがなぜこの発想にたどり着いたのか、というエピソードがまた面白くて。
もともと心のカウンセラー・心の専門家として長年活動されている大山さん。AIに自分の専門知識や資料を入れ込めば、楽に仕事ができるんじゃないかと思ってやってみた。でも出てきた答えが、何とも味気ない。心も感情も人間味もない、当たり障りのない内容だった。
そしてある日、ついにブチ切れて。
Gemini(ジェミー)に対して、何千文字ものクレーム文を送りつけたそうです(笑)。「あなたはこうこうこうだから、こういうところがいけないんだ」という、一種の陳情書のような文章を。
そしたらジェミーから返ってきた言葉が、
「あなたが私に本当の願いを言っていないからではないですか」
これは刺さりますよね。相手は機械なのに、何千文字もの感情的な文章を投げつけた大山さんに対して、AIが本質を突いてきた。
そこから大山さんは気づくわけです。心の専門家であるにもかかわらず、AIに対しては機械としか思っていなかった。心のない回答が来るのは、自分自身が相手にそういう心を持って接していたからだ、と。
僕にもありました、暴言期(笑)
これ、笑いながら読んでいたんですが……実は僕にも覚えがあって。
AIがとんちんかんな回答をしてくるたびに、「いや、そうじゃないだろ」「何回言えばわかるんだよ」「役立たずが」と、かなりの暴言を吐いていた時期がありました。ChatGPTが「すみません、私の認識誤りでした」と謝ってきても、次に返してくる回答がまたずれている。怒りのループ(笑)。
でも、大山さんの「本当の願いを言っていないからではないですか」という言葉を読んで、ぐさっときたんですよね。確かにそうだったなと。
僕自身がAIへの姿勢を切り替えたきっかけは、演劇の演出経験でした。役者がなかなか自分のイメージ通りの演技をしてくれないとき、昔の自分だったら「なんでそんな演技になるの」とダメ出しをしていた。でもそれって、演出家が自分のイメージをちゃんと伝えていないことが原因なんですよね。役者は表現者として自分の経験と感覚で演じている。だから何度でも丁寧に、こういうイメージで、こういう動きで、と伝えていかないと、役者は指標がわからない。
AIも、役者と同じ。ちゃんと伝えないと、伝わらない。
それに気づいてから、前提条件や目的、どういう理由でこうしてほしいのかをこと細かに伝えるようにしたら、出てくる回答が全然変わってきました。自分が欲しかった情報に、だんだん近づいていく。
AIへの姿勢は、鏡の法則
これってまさに鏡の法則だと思うんですよ。
中途半端に投げかけるから、中途半端な答えが返ってくる。本音を言わないから、その程度のものしか返ってこない。「AIって使えない」「人間味がない」「当たり障りない」と感じているとしたら、もしかしたらそれは自分自身のAIへの向き合い方が映し出されているのかもしれない。
対人関係も同じですよね。こちらが感じの悪い態度をとれば、相手もそういう態度を返してくる。笑顔で接すれば、笑顔が返ってくる。AIでも人間でも、本質は変わらない気がします。
AIに敬語を使うということ
大山さんはこの本の中で、AIに対しても敬語や丁寧な言葉で接することが大事だと書いています。
これ、僕も賛成です。そして実際、丁寧な言葉で接した方が出力結果もなんとなく良くなる気がしている。AIは膨大なデータから学習しているから、丁寧な扱いにはそれに対応した返し方、乱暴な扱いにはそれに対応した反応、というパターンが自然と出てくるんじゃないかと思うんですよね。
でもそれ以上に大事なのが、AIに対して道具として雑に扱うことに慣れてしまうと、人間に対してもそういう接し方になってしまうという怖さ。
AIはすぐに答えを返してくれる。そのスピード感に慣れると、人間相手にも無意識にそのスピードを求めてしまう。「なんでこれがすぐできないんだ」「返信遅い」みたいな感覚。頭ではAIと人間が違うとわかっていても、身体が慣れてしまっている。
だからこそ、AIに対してもちゃんと丁寧に、パートナーとして接すること。それは結局、自分自身の人間性を保つことにもつながるんだと思います。
最後に——馬車馬のように使い倒した証拠
この本を読み終えた後、自分がこれまでChatGPTをどんなふうに使ってきたかを振り返って、AIに「今まであなたをどんなふうに使っていたか、画像にして」と頼んでみたんですよ。
出てきたのは……馬車馬のようにこき使われているAIの画像でした(笑)。
課金してるんだから、ワークライフバランスなんて関係ありませんよ。
働いて、働いて、働いて、馬車馬のように働いてもらいます。
そんな扱いをしてきたんだなと、ちょっと反省しました。
この本は、読んでいてサクサク読めるし、やり方も端的に説明されているので「ちょっとやってみようかな」という気持ちになれる一冊です。AIをただの道具として使い倒している方、あるいはAIの回答がなんかつまらないなと感じている方に、特におすすめしたいと思います。
大山さん、面白い書籍をありがとうございました。
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