今日の午前中に、役抜けの儀式をやりまして、この前の舞台もこれで一区切りとなりました。
役抜けの儀式って何かというと、お芝居では本番に向けて役作りをしていくじゃないですか。
だから本番が終わったら、その役もちゃんと抜かないといけないんです。
それを僕は「役抜けの儀式」と呼んでいます。
僕は役者の体って、形代みたいなものだと思っているんですよね。
器というか、コップみたいなものです。
例えばコップに牛乳を入れて飲んだとします。
飲み終わったあと、そのまま洗わずにお茶やコーヒーを入れたりはしませんよね。
役者も同じなんです。
Aという役を演じるために役作りをする。
それはコップに牛乳を注ぐようなものです。
本番が終わって飲み干したとしても、コップにはまだ少し残っています。
だから次の役を入れる前に、一度きれいに洗って空っぽにしておく。
その感覚で役抜けの儀式をしています。
これをやらないと、役の考え方や感情が日常生活に残っている感じがするんですよね。
普段の自分だったら怒らないようなことで、なぜかイラッとしたり、カチンときたりする。
そんな時に、
「あ、これは役がまだ残っているんだな」
と感じることがあります。
だから本番が終わるたびに、ちゃんと区切りをつけるようになりました。
具体的に何をするかというと、本番が終わったあと、一人で最初から最後まで自分のセリフを全部言うだけなんです。
一つひとつのセリフを最後にもう一度口にする。
これでもう、この役のセリフを言うことはありません。
一つずつ洗い流していくような感覚ですね。
以前、先輩の役者さんが、
「最後に全部のセリフを言うことで、その言葉を天へ返しているような感覚になる」
と話していたことがあって、僕もすごく近い感覚だなと思っています。
だから本番が終わったあとに、もう一度だけ全部のセリフを言って、自分の中に残っている役を洗い流していく。
それが僕にとっての役抜けの儀式です。
そして、この儀式にはもう一つ大きな意味があります。
役者としての直感を磨くことなんです。
普通は本番が終わったら、その作品の稽古は終わりですよね。
次の役作りに入ります。
でも役抜けの儀式は、本番が終わったあとに、もう一度だけ稽古をするようなものなんです。
ここが大きく違います。
稽古中は、本番をまだ経験していません。
でも役抜けの儀式をする時には、本番の感覚が体に残っています。
お客さんの反応。
相手役との空気。
舞台上の緊張感。
その全部を覚えている状態で、もう一度セリフを口にする。
だから普通の稽古とは全然違うんです。
本番を経験した体で最後の稽古をすることで、その感覚が自分の中に蓄積されていく。
その積み重ねが、次の役作りにも生きてくるんですよね。
役を抜くためでもあり、次の役者人生のためでもある。
僕にとって役抜けの儀式は、そんな大切な時間になっています。
ということで、今日は役抜けの儀式のお話でした。
ちなみに、儀式のせいで喉がまだ完全には治っていなかったところへ、もう一度セリフを全部言ったので、少し痛みが戻ってしまいました。
なので今日はこの辺で終わりたいと思います。
最後までお聴きいただき、ありがとうございました。











