バッチョ・トゥ・ザ・フューチャー
楽屋からにて「ばちょぺでぃあ」
自己紹介用のポッドキャスト
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自己紹介用のポッドキャスト

これまでの生きてきた人生のハイライト

ばっちょ(作家と俳優、ときどき舞台演出家)

主に四つの顔を持っています。

☆俳優・脚本家・演出家として

 19歳で演劇の世界に飛び込み、以来20年以上、俳優・脚本家・演出家の三本柱で生きている。
演劇人としての将来の目標は、シェイクスピア演出家となること。そのために、自身のオリジナル要素を加えた脚色構成の台本を執筆中。
 また、シェイクスピアの敷居を少しでも下げるため、YouTubeチャンネル「シェイクスピア、あり〼」を運営し、シェイクスピア作品を一場面ごと、これでもかというほどわかりやすく解説しています

☆ピザまわしパフォーマーとして

 初めて所属した劇団がピザ屋を経営していたこともあり、そこで店長を務めながら役者修行。もともとジャグリングをしていたこともあり、ピザまわしパフォーマンスを習得。
各イベントでピザまわしを披露し、かつ、恐らく世界初となるピザまわしに特化した入門書

「イッツ ショー ピザまわし」を出版
Amazon kindle ランキングで3冠獲得

ちなみに、ピザ回しとはこういうものです。

☆愛娘を持つ父親として

 娘が生まれてからというもの、毎日のSNS投稿が愛娘溺愛記事。娘と過ごす中で着想した童話

「はなちゃんのあおいみ」が2021年絵本テキストグランプリで審査員特別賞を受賞
翌年Kindle出版し、Amazon kindle ランキング13冠。2つの部門でベストセラー。

 また、読者からのリクエストで出版した2冊目の著書

「世界一かわいいわが子に贈る 世界一やさしいテキトー読み聞かせ」も、Amazon kindle ランキング9冠獲得

☆Kindle出版プロデューサー(セカンドクエスト出版)

 小さいころ、童話作家になりたいという夢を30歳で思い出し、そこからいろんな作品を書いては落選。40歳で初めて賞を受賞するも、そこから何が変わるわけでもなく、ただ手元に賞状が届いただけ。目標を見失っていた時、Kindle出版に出会う。
 2022年Kindle出版プロデューサー養成講座を受講。にほん電子出版プロデューサー教会(JPP)認定kindle出版プロデューサーとなる。自著とプロデュース本合わせて70冠以上5部門でベストセラーの実績を持つ。(2023年12月現在)

おまけ:1歳毎の印象深い出来事を綴ったプロフィール

動画のハイライトもあります。

1歳 

 記憶にございません。記憶はないが、記録で印象に残っているのは、はいはいをしている自分を、兄と姉が笑いながらカメラに向かわせようとしている様子の写真。

2歳 

 一番古い記憶は、保育園で手洗いの順番を割り込んだために、お仕置きでお部屋に閉じ込められた。でも普通に考えて2歳児にそのおしおきは酷なので、おそらく記憶違い

3歳 

 家に来た父親の友達におもちゃで遊んでとせがむも「ごめんねえ、おじちゃんはわかんないなあ」と言われる。今思えば、遊びたくないからうまく逃げられたと解釈している。三つ子の魂百まで。3歳といえど、軽くあしらわれたという気持ちは未だに根に持ってるぞ!!

4歳 

 生まれて初めて覚えた文字はカタカナのア。それで保育園で自慢げに「これはアだよ」と友達に言うと「違うよ、これはマやもんねー」「アやもん!」「マやもん!」と喧嘩になる。結局マだということが分かり、友達に軍配があがる

5歳 

 自転車に乗る特訓を受ける。家では「自転車に乗れない」と断固拒否していたが、保育園の二輪バイク(三輪車サイズの二輪で、太いタイヤ。安定性がある)はびゅんびゅん乗り回していた。それを、お迎えにきた母親に目撃され「よし、帰ったら自転車乗り特訓しよう」という流れで特訓開始。意外とすんなり乗れた。

6歳 

 小学生になると町内対抗相撲大会がある。一年生の代表として出場。なぜかこの時だけは無双状態で全戦全勝で優勝をした。今思えば、相手の首に腕を絡めて、足を引っかけて倒すという反則技だったのに・・。優勝の打ち上げで町内会長からステーキをごちそうしてもらうも、隣のおじさんに勝手にソースをかけられて憤る。お肉は素材の味そのままで楽しみたい派なのだ

7歳 

 映画大長編ドラえもん「のび太の日本誕生」を観て衝撃を受け、ドラえもんの大ファンになる。「ドラえもん新聞」なるものを書き、ドラえもんがいかに素晴らしいかをクラスのみんなに布教活動。以降、お小遣いもらうたびにドラえもんの単行本を買いあさり、全巻揃えて、どの秘密道具が何巻の何ページに登場するということまで記憶していた

8歳 

 授業の中で、「お話を考えて、自分だけの絵本を作ってみよう」という時間があった。ドラえもんにドはまりしていたので、ドラえもんがスーパーマリオのように、横スクロールアクションをしながら冒険をするというような構図でお話を書いた記憶がある。それを担任の先生から「すごくおもしろいね」と褒められた。この時褒められたのが嬉しくて、演劇の脚本や童話作家への道に繋がっているのだと最近気づく。

9歳 

 自由帳に、自家製RPGボードゲームを作り、休み時間に友達にプレイヤーとなって遊んでもらう日々を過ごす。プレイ権をめぐって友達が殴り合いのケンカをしたため、帰りの会で担任の先生巻き込んでの大問題に発展し、永久封印となる。

10歳

 漫画クラブに所属し、ドラえもんの四コマ漫画をひたすら描く。家でも漫画のキャラクターをひたすら描いては母親に見せて褒められていた。また、漫画から得た知識で鮭の照り焼きを作ったりしたことで「漫画ってすごく役に立つね。どんどん読みなさい」と言ってくれた母親はほんとに素晴らしい親だと思う。

11歳

 新聞配達を始める。小学校卒業までの2年間、一度たりとも休むことなく続けたことは、今でも誇り。かの、りんご台風(台風19号)の時も、自転車が宙に浮きながらも配達を断行した。

12歳

 小学6年生。プロ野球選手になろう!中学校に入ったら野球部に入ろうと決意。その翌日、「でも朝練あるもんな。朝起きれないもんな」たったこれだけの理由で諦める。さらに追い打ちをかける出来事。町内対抗ソフトボール大会で、ピッチャーを懇願し、大会の一回戦ファーボールを量産しコールド負けを喫する。

13歳

 中学生になり卓球部に入る。小学校のクラブ活動でも卓球をやっていたため、1年生でレギュラー入り。しかし、もともと個人プレイが好きなのに、ダブルスで出場させられたことにより、一気にやる気をなくす。脱線し、卓球玉でジャグリングの練習に没頭してしまう

14歳

 ファミコン世代であるにも関わらず、家にゲームはなく、MSXというパソコンがあったため、一からプログラミング言語を入力してゲームを作る(当時BASICマガジンという雑誌があり、それに読者投稿のゲームのプログラムが掲載されていた)

15歳

 友達はぐんぐん成長期に入っているのに、自分だけはチビのまま。もやしみたい。一念発起し身体を鍛え始める。猛烈に筋トレをし、高校3年間の以上な成長期(3年間で30センチ伸びる)もあり、高校時代は体力測定で3年連続クラス1位。この時に培った基礎体力は今でも土台となっている。若かりし自分、偉い!

16歳

 高校入学。中学3年の後半から「漫才師」になりたいという夢(というか衝動)を抱き、高校の間に相方を見つけて卒業と同時に東京に行こうと企む。そのためには目立つことが必要だと思い、一人称を「わし」で統一し、嬉しい時は関西弁、怒った時は東北弁が出るという謎のキャラで通そうとした。

17歳

 夏目漱石の「こころ」を、ひとり一場面ずつ要約して発表する国語の授業。実は全員分の原稿執筆を請け負い、発表時の演出もして授業をエンタメ化。国語の時間は、他のクラスから苦情が出るほど爆笑の渦。それをおもしろがって容認してくれていた国語の先生は一生の恩人。

18歳

 ブルースリーに憧れて始めたヌンチャク。すべての就職面接の自己アピールで「多くは語りません。男は黙ってヌンチャク」と言わんばかりに披露し、すべてにおいて不採用通知が届く。同級生からは「なに人生棒に振ってんだよ」と言われたが、「違う!ヌンチャクを振ったのだ!」と言い張る。

19歳

 「将来はハリウッドスターになる」となぜだかそう思っており、「そのためには今できること。それは階段落ちの練習だ」とこれまたなぜだかそう思っており、近所の公園にある99段階段で、階段落ちの練習をする日々

20歳

 演劇の世界に飛び込むも、訛りがひどく、痛烈に馬鹿にされる日々を送る。何かひとこと言おうものなら「日本語喋れ」の一言でへし折られるため、自信を失いかつ、人間不信にも陥る

21歳

 脚本に目覚める。処女作はロミオとジュリエットを無理やりピザ屋の物語にしたパロディ「シェイクスピザ」を書き上げ、それが採用され舞台公演を実現

22歳

 シェイクスピザを地元で上演。ひとりで500人集めるプロジェクト。母と一緒に毎日一軒一軒家を訪ね歩いてチケットを売って回る。なかなか売れずにめげそうになっても、「ほら、行くよ」と引っ張ってくれた母。この人は、どれだけ自分を愛してくれているんだと、親の無償の愛に涙し感謝の毎日

23歳

 栄養失調で倒れる。経緯は別の機会に譲るとして、劇団の先輩に騙されかつ、詐欺にあい、何百万という借金を背負う。芝居やりながらでわずかなアルバイトの給料から返済という極貧生活。当然、食べるものが買えない。ある日、DVDの映像が飛ぶかのようにプツンと倒れる。栄養失調と診断され、お医者さんから「戦後か」と突っ込まれる

24歳

 殺陣にはまる。ブルースリーも大好きなのに、ヌンチャクの練習もしてたのに、階段落ちもしてたのに、高校時代に空手もやっていたくせに、なぜ今まで興味が向かなかったのか不思議でならないが、野外で神話劇をすることになり、その神々の戦いのシーンで初めて殺陣に挑戦。以来、独学で殺陣の稽古に励む

25歳

 閉鎖された町工場を、劇団が倉庫として借りる。倉庫管理という役目も兼ね、その休憩所として使われていたところに引っ越す。木に囲まれているため、大声を出しても大丈夫だろうと、倉庫でひとり、深夜に芝居の稽古をしていた。しばらくすると、「夜な夜な呪文のような声が聞こえる」という噂が立ち、高校生が肝試しにやってきた。充分にひきつけたのち「キィエエエエ!」と奇声を浴びせて撃退する

26歳

 夜逃げ。借金返済のためにと手を出したネットワークビジネス。合宿セミナーなるものに行き、ほぼ洗脳状態となり翌日、劇団も仕事も即辞めて、行方をくらます。もともとそういうものは大の苦手な性質なため、当然うまくいかず。かつ、演劇活動も中断したため、なんの楽しみもない日々を過ごす

27歳

 立ち上げ間もないローカルヒーローの団体と知りあい、脚本やアクションの指導しつつ、自分自身も数々のショーに出演するようになる。この時から、お祭りやイベントなど、演劇の舞台以外でもさまざまなところで活躍する場はあるのだと知る

28歳

 人生初就職。損害保険の飛び込み営業を始める。社会経験0のため、社会の洗礼を受ける。営業マンとしてはまったくうだつがあがらず、半分鬱状態で毎日を過ごし、結局3年後にギブアップ。しかしこの時に社長から叩き込まれた社会人としての経験が、以降の演劇活動に大きく活かされることになる。

29歳

 児童劇団の超巨大統領(監督)に就任。4年間、小学生から大学生までの子どもたちと一緒に、毎年夏一回の舞台公演をする。監督1年目の打ち上げで、子どもたち全員から一斉に「ばっちょさん大好き!」とものすごく大きな声を笑顔で浴びせられる。この経験は、「演劇やっててよかった。続けてよかった」と思えた瞬間。

30歳

  保険の営業がうまくいかず、絵に描いたように公園で時間をつぶすサラリーマン状態の時、ふと思い出す。「そういえば、小さいころ童話作家になりたいという夢があったな」そこからいろんな作品を書いてはたくさんのコンテストに応募するも、落選に次ぐ落選。かすりもしない、これが現実。

31歳

 タバコを吸って、消したら次の一本に火を点けるというほどのチェーンスモーカーだったが、この年にきっぱりタバコを吸わなくなる。今まで何度も禁煙に挑戦し失敗してきたが、スパっとやめて以降まったく吸っていない。禁煙のコツは「禁煙と思わないこと」「そもそもタバコというものを知らない世界に住んでいる」と仮定し、「人間の中には煙を吐く人種もいる」という設定で日々を過ごしてみると、不思議と吸わなくても平気になり、今にいたる。

32歳

 ピザまわしドットコムのサイトを見つけ、ピザパフォーマンスという世界があることを知る。8年かけて、ようやく借金を完済できたため、やっと自分のために使えるお金ができた。「これ、挑戦していいのかな?いいよね。いいんだよね。だって、今なら買えるもの!よし、やるぞ!」と意を決してピザまわしラバーをポチる。

33歳

 事実上初となる自主公演。しかも古典。近松門左衛門の「女殺油地獄」の脚色演出を行う。

 今まで公演は多数行ってきたが、それはあくまでも依頼されたものや合同公演。純粋に自分が主催での公演はこれが初となる。しかしさすが近松門左衛門・・きちんとお祓いをしないと何かが起こるという噂を聞いてはいたが、偶然か必然か、お祓いしたとて何かが起こる!!

34歳

 漫才コンビ「ペテン師」結成。ボケ担当。2年ほど舞台公演の前座や幕間に漫才を披露し、演劇と並行して活動する。相方も自身の劇団の脚本演出家のため、漫才のネタはダブルで書いていた。中学時代に漫才師になりたいという夢は、ここで一応は叶えたと言える。

35歳

 チャンバラ劇に歌舞伎とドリフとハリウッド映画のパロデイとヒーローショーの要素をこれでもかと盛り込んだ演劇というかエンターテイメント、というか参加型アトラクション、サムライマッチ公演。以降、自分の代表作といってもいいほどシリーズ化し、動画作品も合わせて6つのエピソードがあり、6年間ライフワークとして定期的に公演を行う。

36歳

 結婚。自分の人生でこんな時が訪れるなんて思ってもみなかった結婚。妻も役者で、共通の芝居仲間からは、知り合う前から「あのふたりは絶対に相性がいい!!絶対いい夫婦になる」という話をされていたということを後になって知る。しかも、妻も大のドラえもん好き。知り合ったきっかけも、ドラえもんがつなげてくれたが、それはまた別の機会に。

37歳

 子どもを授かる。体調が優れない妻の代わりに母子手帳をもらいにいく。役場の方から「お母さんは命がけでお腹の赤ちゃんを守っています。だからお父さんは、お母さんをしっかり守ってあげてくださいね」という言葉に感動し、父親になるという自覚を持つ。そして娘が生まれる。今までもSNSの投稿頻度は多かったが、娘が生まれて以降は、365日投稿が続くようになる。しかも99%は愛娘溺愛記事について。

38歳

 落語デビュー。娘が1歳の誕生日に、落語の高座デビュー。「竹取物語」の翁に焦点を当て、自身の子育ての経験や想いも作品に乗せて、かぐや姫を溺愛する翁の奮闘を表現。「いじわるじいさん」のキャラが非常にはまっているらしく、翌年の落語は七夕に高座に上がる。織り姫の父親、天帝を焦点にし、たとえ1年に1回でも彦星に合わせまいとするいじわるじじいの創作落語を披露する。

39歳

 初のシェイクスピア脚色演出でロミオとジュリエットを上演。処女作はロミオとジュリエットをピザ屋の物語にしたパロディ「シェイクスピザ」だった。演劇を始めて20年の節目となる年に、何の因果か、ロミオとジュリエットを上演。しかも、その本番の日が、処女作シェイクスピザの初演と同じ12月5日。たまたまではあっても、非常に縁を感じ、以降シェイクスピアの演出家になるという目標ができる。その準備段階として、現在シェイクスピア作品を1場面ごとにわかりやすく解説する「シェイクスピア、あり〼」というYouTubeチャンネルを運営。

40歳

 30歳から応募しはじめた童話作品。10年後のこの年、娘と過ごす中で着想し書いた童話「はなちゃんのあおいみ」が、第二回絵本テキストグランプリで審査員特別賞を受賞。生まれて初めて賞をもらう。

41歳

 Kindle出版プロデューサー養成講座を受講。昨年受賞した作品を電子書籍出版。するとAmazon kindleランキングで、13部門で一位を獲得。二か月後にペーパーバック(紙)でも出版。2部門でベストセラーを獲得。名実ともに作家の仲間入りをし、晴れて電子書籍出版プロデューサーとしての資格も得て、出版プロデュースを行う。自著とプロデュース本合わせてランキング60冠以上5部門でベストセラー

42歳

 厄年も抜けたこの年、長年培ってきた演劇や殺陣や出版についての講座を立ち上げる。本著の出版を機に、ピザまわしについてのマンツーマンオンラインレッスンも、依頼方式で開催。

また、Kindle出版プロデューサー養成講座で受けた自己紹介のつくり方に衝撃を受け、ライセンスを取得し「自己紹介ワークショップ100人チャレンジ」真っ最中!

43歳

 自己紹介を磨くことで世界が開き、こうなったら武者修行をやってやれと、今まで人見知り全開で敬遠していたビジネスコミュニティに入る。今まで演劇の世界で生きてきた自分とはまったく違う価値観や人生ストーリーと出会うことで人と話すことが楽しくなった。「人に歴史あり」これを知ることで脚本家としてもKindle作家としても開花し、もっと人生ストーリーを知りたいと思い、100人インタビュー実践。

44歳

 脚本家でありKindle作家でもある立場上、「AIは自分の仕事を奪う敵だ」とアンチだったが「取って代わられるくらいなら使い倒してやれ」と「敵を知る」ためにAIを活用。するとあまりにも使えることに感動し、今ではAIライティング講座やAIcaféというオンラインサロンを開催して、AIを使うことで日常を心身ともに人間らしい生き方ができる方法を伝えている。

45歳

 今ここ。サブスタック開始。大人になるって楽しそう!子供がそう思える未来を目指す表現者として、表現することの喜びを発信。

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